Column

2021年3月23日
熱闘!代々木第二体育館
中三高 VS 春一番高(第三話)

連載第三話の前に。

春分の日に墓参りも兼ねて
実家に行った時のこと。

「おはぎがあるよ」と母。
ひとつひとつ銀紙に包まれ
パックに6個並んでいました。

私「全部つぶあん?」
母「ひとつだけこしあんがあるよ」
私「なんでわざわざひとつだけ?」
母「ゲームよ。ゲーム」
私「なるほど」

老いた母と息子が彼岸に行ったゲーム

こしあんルーレット。


ということで、 中三高 VS 春一番高、第三話です。

準決勝当日。代々木第二体育館…。
会場は超満員に膨れ上がり、会場はアイドルコンサートのような盛り上がりを見せていた。
第一試合の「春一番高校」と「元祖高校」の試合が始まった。
中三高校部員は、前半だけこの試合をスタンドから観戦することにした。後半はウォーミングアップのため観ることはできない。しかし、中三高校部員に明日の決勝相手を研究する気持ちの余裕はなかった。頭の中は、桃色学園の攻撃をいかに止めるか、それだけだった。
昨夜は桜田をはじめ山口も寝付きが悪かった。能天気な森さえも「ヒュ〜ルリ〜」という奇妙な寝言を言ってうなされていたと、森と同部屋だった後輩から聞いた。

予想通り、第一試合は春一番高校が優勢に試合を進めていた。
元祖高校のエース天地は、前半10分を過ぎた頃にはすでに息が上がり、シュートの精度を欠いていた。一方、春一番高校は伊藤、田中、藤村の見事なパスワークで元祖高校を翻弄。じわじわと点差を広げていった。

「間違いない。この試合は春一番高校の勝ちだ」

阿久のこの言葉を合図に、中三高校部員は観覧席を立ち、アップに向かった。

第一試合が終了した。
86-53で春一番高校が決勝進出を決めた。最後の10分は伊藤と田中をベンチに下げて温存するという余裕の勝利だった。 春一番高校への挑戦権をかけた準決勝第二試合、「中三高校」と「桃色学園」の試合開始まで、あと20分に迫っていた。

阿久はベンチで試合前のシュート練習に励んでいる選手たちを見つめながら考えていた。
阿久が見出した桜田と森、そして当初は目立たない選手だったが、今や実質的なエースといってもおかしくないほどに急成長した山口。今日の準決勝がこの中三トリオの最後の試合となってしまうのか。いや、何としてでも彼女たちを日本一にしなくてはならない。私を「高校女子バスケ界の名将」と言われるまでに育ててくれたのは彼女たちだ。日本一にすることが彼女たちへの恩返しでもある。
阿久は心を決めた。彼女たちを信じることだ。彼女たちは1年生の時から全国大会の舞台を数多く踏んでいる。桃色学園とは経験に大きな差があるのだ。しかも桃色学園はここまでの試合、すべて一方的な点差で勝ち上がっている。接戦に持ち込めば必ず焦りが生じるだろう。彼女たちもそれは理解しているはずだ。

最後のショート練習を終えた部員たちがベンチ前に整列した。阿久は短く言った。

「いつも通り、冷静に、浮き足立つことなくプレーしろ。根本と増田以外、桃色学園はオフェンスもディフェンスも中学生レベルだ。二人のリズムさえ狂わせれば並のチームになる」

それだけを告げ、スターター5人をコートに送り出した。

ジャンプボールには中三高校が桜田、桃色学園は増田が立った。桃色学園はマークの確認をしていない。どうやらこの試合も木綿高校戦同様、ツー・ワン・ツーのゾーンディフェンスでくるようだ。
注目の準決勝第二試合が始まった。

ジャンプボールは桜田がタッチしたが、ボールは根本の手に収まった。中三は素早く相手マークを確認し、マンツーマンのディフェンスを整えた。
「ハンズアップ」と桜田が声をかけたと同時に、早くも根本が見事なドリブルカットインで山口を抜き去り、簡単にレイアップシュートを決めた。開始わずか5秒のことであった。

「速い…」山口が思わず声を漏らした。
「女子のスピードではない…」と桜田。

根本は開始直後からギア全快できている。一気に引き離し、早々に勝負を付けてしまおうという作戦だろう。
中三高校のガードの森は、相手のペースに巻き込まれないよう、意識的にゆっくりとしたリズムでフロントコートへボールを進め、ポイントガードの山口へ回した。山口はそこで一度シュートのフェイクを入れ、バウンズパスでセンターの倉田にパス。そこに桃色学園増田が一瞬引きつけられた。倉田はそこを見逃さずに、フォワードの桜田へボールを送った。このインサイドアウトが中三高校オフェンスの基本形だ。ボールを受けた桜田は迷わずミドルレンジからシュートを放った。
バスケットボールでは、試合最初のシュートタッチが極めて重要である。そのタッチが悪いと最後まで波に乗れないことが多い。
桜田のシュートはノータッチでリングに吸い込まれた。
『大丈夫。今日はいける。増田さんのディフェンスも甘い』
桜田はオフェンスに手応えを感じた。それは自分のシュートタッチだけではない。阿久が言った通り、倉田にあっさりとポジションを取られた相手センタープレーヤーをはじめ、桃色学園のディフェンスは全国レベルではないと確信したからだ。

しかし、根本の勢いは止まらなかった。山口は根本に次々とゴール下に切り込まれ連続3ゴールを許した。
中三高校も倉田がファールをもらい、フリースローを2本ともしっかりと決め、食らいつく。
桃色学園の攻撃はまた根本にボールが渡った。そこで桜田は根本のダブルチームにいった。一度根本を止めておかないと流れが変わらないと判断したからだ。
根本はそれを見透かしたようにフリーになった増田へパス。増田はあっさりとスリーポイントシュートを沈めた(〈注〉当時スリーポイントルールはなかった。正式には’84年から)。
前半4分、中三高校は15-4と早くも11点差をつけられた。

ここで阿久は早めに最初のタイムアウトをとった。

「監督、根本さんのスピードは想像以上です。一人では止められません」

阿久が口を開く前に桜田が言った。

「分かっている。だが勝手に桜田はダブルチームにいくな。増田がフリーになる」

阿久は努めて冷静に返した。

「しかし、それでは根本さんに、いいようにやられてしまいます」

桜田も引かない。

「おまえは山口が信じられないのか。大丈夫だ。根本はそのうち山口が止める。とにかく、桜田は増田を絶対にフリーにしないことだけに専念しろ。二枚看板の一人だけでも潰しておけば、相手の力は半減する」

阿久の物分かりの悪い子供を諭すような物言いに、「わかりました」と桜田は渋々返事をした。阿久は続けた。

「それからオフェンスは桜田にボールを集めろ。そして桜田はディフェンスが甘い増田のサイドからどんどん仕掛けてファールを誘え。ファールが増えればさらにマークが甘くなる。大丈夫だ。バスケットはチーム競技だ。二人だけの力で勝てるものではない。いいか。焦るな。何度も言うが根本と増田以外は中学生レベルだ。普段通りにやれば必ず勝てる」

しかし、タイムアウト後も根本の勢いは続いた。カットインで切り込み、ショートレンジから確実にシュートを決めいった。 桜田は山口のディフェンスに不満を抱きはじめていた。確かに根本のスピードは想像以上だ。とはいえ、山口のディフェンスはあまりにも淡白に見えたからだ。
前半残り3分のところで、根本は既に24得点。しかし、増田は桜田が徹底的にマークし、5得点に抑えている。3ポイントも開始早々の1本以降、決めさせていない。
中三高校も桜田が14得点をあげるなど、37対27、なんとか10点差をキープしていた。


つづく。